High on Life

NO BIKE NO LIFE

11/2 Sunday | 第26回スズカ8時間エンデューロ4時間ソロ振返り

レース明けの朝、4時50分起床。体のあちこちが痛むのできっと二日酔いもあるだろうと思いつつ、一旦トイレに起きる。その後もう一度横になってみるが、このところ、鈴鹿当日すんなり起きれるようにとずっと早起きしてきたので、今日も体の奥から、”起きていいのよ〜” と優しい声が聞こえたような聞こえなかったような・・・。目が冴えているのでエイッと起きる。起きてみると案外体は動く。少々首が痛いけど、多分動き出して温まってくると大丈夫だろう。昨晩はいい酒ばかりだったし二日酔いも無いようだ。

青汁、ヨーグルト、コーヒーと進みながらFR965先生を除いてみる。流石に流石に、のスコアと今日のおすすめが並ぶ。当然ね。明日もお休みなのがとてもありがたい。

朝食が6時30分からだから一風呂浴びるか?と思うが、狭い湯船に腰を折り曲げて入るのが嫌になって顔だけ洗う。GARMIN CONNECTで昨日のデータを見たり、FBに頂いたコメントに返事したりしながら時間を潰し、6時29分にロビーへ降りて軽く朝食を摂る。食後のコーヒーをいただいて、部屋に戻って今日の予定を立てる。「島ヶ原温泉やぶっちゃの湯」に行きたいのだが、調べると10時オープンとかなり遅め。どこか他に寄って行くのも面倒だし、どうしようかなぁと思案。もう一度「やぶっちゃの湯」HPに行って下の方まで見ると、なんと循環装置の故障で露天風呂閉鎖中と!こりゃいかん、そんならさっさと帰ってジャージの洗濯して、夕方早めにゆららの湯に行こうと決める。朝の方が道も空いているだろうし。

 

 

◾️4時間ソロ結果を振り返る

さて、想像もしていなかった結果となった、2025スズカエンデューロを振り返る。毎日酒飲んで、ろくに減量もせず、ろくに外練もせず、お腹ぽっこりの推定67.5〜68.0kgで臨んだ4時間ソロ60歳以上カテゴリー。金曜日出発前、エントリーリストを見ると73名が登録。そこらじゅうで常勝のO田さんに、去年の2位、3位のお方の名前も当然のごとく並ぶ。また、今年50代から上がって来たゴールデンエイジも何人もいるだろうから、一桁に入れたらヨシとするか、というところかな。

 

 

◾️秋から

9月17日から以降、Z2トレーニングばかりで高強度はやってない。そんなんで大丈夫か?と自問自答を繰り返したが、土台ができていないところに無理に高強度やっても体は喜ばないと自分に言い聞かせ、来る日も来る日もZ2/155w/30、45、60、77分を、取れる時間に合わせてやってきた。高強度を入れるのは土台ができてからだと戒めながら。

 

 

◾️移動日

この金曜は非常勤講師のお仕事がお休みなので、早めから午後休を取得済み。昼一散髪に行き、次いでイオンでお金を下ろして、バイシクルカラーにロングボトルを買いに行く。しかしロングが無いっ!ロングボトル2本で行きたかったが、無いものは仕方がない。頭の中で無理やり、”ロング2本でなくてもきっと大丈夫!” 理論を構築し帰宅。バイクを積んで、着替えなど準備して15時過ぎに出発。

東に向かうちに雨足が強くなり、名阪国道に入る頃には大雨に。大雨の名阪国道ほど酷道はない!舗装がボロボロの箇所多いし、反対車線からは大型通過時の大波がバッシャーンと飛んでくる。なんとかせえや名阪酷道!とぼやきながら爆走。鈴鹿市内に入っても雨足は弱まらず、ホテルにチェックインしてから買い出しや晩飯に行こうという当初の予定を変更し、まずイオンに寄って朝飯の買い出し。色々買って車に戻り、次に破天荒に行こうと思ってGoogleマップを見る。ん?イオンの中にも破天荒があるぞ!イオン前の道路は渋滞だし、もうここでいいやとまた車を降りる。

禁断のラーメンはやめておき、麻婆飯に餃子4個のセットを食って満足。客が自分一人だったのがなんとも居た堪れなかったが、早く出てきたので結果オーライ。

すぐ近くのホテルに19時ごろチェックイン。2件隣りにあるコンビニでビールノーマル缶1本、ハイボールロング缶1本にバターピーを買って部屋飲み。昨日まで飲んできたし、今日だけ飲まないってのも変だよなと言い訳しながら、2本とも飲んだところで残ったバターピーは家飲みのつまみ用に持って帰る。一応大浴場があるのでここを選んだが、風呂が小さく洗い場も少ないとの口コミもあったし、ロビーには明らかに鈴鹿出場な客が溢れ、なんか気後れして大浴場には行かず。部屋のユニットバスに湯を溜めて、汗が出てくるまでじっと浸かる。バスタブがビジホの中では大きめなのが助かった。エントリーリスト見ながら、あれこれありもしない空想を繰り返すうち、眠くなってきたので就寝。

 

 

◾️レース当日

3時50分アラームで起床。鈴鹿市内に泊まってるにしては早いアラーム設定の理由は、パドックパーキングパスを取れなかったこと、一昨年受付長蛇の列で恐ろしく後ろからスタートした苦い思い出あるから。朝のFR965からのメッセージ。6時間以上寝れて、覚醒もトイレの1回のみだったのが幸い。トレーニングレディネス、ボディバッテリーがやたら低いのが気にはなるが、長いプロダクティブ期間からのキープ状態であることは救いだ。

ヴァーム、青汁、ヨーグルト、バナナ、ゆで卵2個、イオン店内炊きのご飯、牛乳、コーヒーと摂取。バナナとゆで卵は家から持ってきた。その後、柔らかめから始まって少々下し気味の状態まで含めて軽量化4回!。お腹大丈夫かと心配になった。歯磨き、着替え、荷物整理して出発したのが予定よりだいぶ遅れて5時20分ごろ。しかし今年のホテルは近い。7分でサーキットランド駐車場到着。バイク準備、ボトル準備。そして何が大変かって、駐車場から延々とバイクを押して歩いてサーキットへの道程。ほんと気が遠くなったな><。次は絶対パドックパス取らないとと誓った。

腹立たしさと焦燥感とで心拍数爆上がり。サーキット到着後真っ直ぐ受付へ走って、数分だけ並んで受付終了。良かった。あの一段上がった役員・スタッフ用のようでそうでなさそうな駐車場の横の電気ボックスの前でジャージゼッケンと計測タグ付け。そこのいつも空いてるトイレがなんと改装されていて、小便器が無くなっているではないかっ!?!?なんでそんな改装すんの!?!?並んでる人数は少ないけど、たった一つの大便ブースなので時間は掛かるぜ。寒い中ぶつぶつ文句言いながら待って、やっと入れたらちょうど大きい方も催したのでタイミングが良かった。またしても下し気味のが出て、走行中にもよおしたらどうしようと不安が募る。

 

 

◾️京田辺時代の縁

さぁ行こう!シケインに陣取っているはずの、京田辺シュタイナー学校自転車部の面々に荷物預かってもらえるという幸運は、昨晩麻婆飯食べてる時に思いついて、同校の元理事で毎年ソロで走ってるH田さんに連絡したことから始まった。ラッキーだった。面々が陣取る場所を探すのに少々時間が掛かり、2周しようと思っていた試走が1周になってしまったが、荷物のことを考えるととても有り難かった。皆さんにご挨拶して少々談笑。自転車部の発足に、ジャージのデザインまで運営会議に諮り、デザインは何と3度目でなんとか承認してもらったというお話しを聞いて、懐かしさと共に過去の苦しい苦しい思い出が蘇ってきて胸が熱くなった。

皆で記念撮影。H田さんと精華町にも社屋がある某K社社長は京田辺アスリートクラブのジャージ。右の四人がシュタイナー学校自転車部。らしい色調とデザインのジャージだわ。

記念撮影後、ではお先に!頑張りましょう!とスタートの列に並びに行く。

集合場所へ行くと既にコースインが始まっていて、折り返す手前の列の長さも結構な状態。おっとやばいなと思いきや、その土手っ腹に遠慮なく入っていく選手が結構いるので真似させてもらう。折り返してコースイン。バイクに乗ってダッシュして、なんとか10列目辺りに落ち着いて、一昨年の教訓はなんとか生かされた。そこで待つこと30分。寒い><とても寒い。そして風が強い。反省はしてないというY原会長の挨拶に一同笑って拍手。マトリクスの選手紹介、全日本チャンプ括弧引退括弧のマリノさんもいる。

 

 

◾️レースの流れ

8時03分ようやくスタート。クリートは一発でキャッチ成功。位置を落とさないように気をつけながら、シケインへの上りをそろそろと進んでいく。西ストレートの後半、下り坂になったところでローリング終了。1周目のタイムロスは最後まで響くので、とりあえず行けるところまで行っておこうとスピードを上げる。ただ、外走りや集団走行が足りてないので怖い><。ちょっとした隙をつかれて徐々に位置を下げていくチキン。それでもなんとか、長く伸びた集団に繋がった状態でホームストレートまで来た。

ホームストレート山脈とシケイン峠で千切れるのは分かっている。その後どのくらいで適当な集団形成ができるかだ。それがなかなかできない。心拍が上がりパワーが出せなくなった脚でどんどん抜かれていく。小集団がいくつかできていくのには時間が掛かると言い聞かせ我慢。3周目だったかな?ようやく周りも落ち着いてきて、集団走行するグループが目に入るようになる。自分より少し上の速度域で通過する集団に飛び付き、ここでいいかどうか観察しながらしばらく休ませてもらう。同じジャージの数人で回している感じで、中には女子が一人いて、その女子を守るような走り方をしているので、ペースの強弱がなく走り易い。しかし、休めているということはよろしくない状態だと反省。駆け抜けていく数人に乗り換えてみるが、しまった!強過ぎた><。シケイン峠で千切れてしまった。

今日は、第2から第1コーナーへ回るところで巻き上げるような横風が来て、ホームストレートからシケイン、そして西ストレートが強い向かい風。さらにヘアピン後の下りからテグナーカーブ入口でまた横風に煽られる。要するに北西の強い風。なので単独走はできるだけ避けたい。しかしなかなか上手くいかない。集団に乗るタイミングが大事だと悟り、シケインが終わって西ストレートに入った辺りで適当な集団が来たら乗ろうと考える。しばらくしていい感じの集団が通り過ぎたので乗る。6人くらいで先頭がいい感じで引きながら、時折後ろの女子と言葉を交わしている模様。その女子が強そうな後ろ姿で、ジャージはEURO-Wだ。とても綺麗なライドフォームで体つきもがっしり。バイクを降りれば案外背は低いのかもしれないが、上手い人は大きく見えるの代表例。これはいい集団に入ったと思った。時折ダッシュで追いつかないといけないくらいのいい速度で進み、スプーンの上り返しとホームストレート山脈では決して無理せず、人数を減らさないように進んでいく。上手な走り方なのでとても勉強になる。自分も先頭を引き、ぶら下がるだけの輩ではないと意思表示。そのうち集団の一員と認められたようで、何かハプニングがあれば言葉を交わしてもらえるように。

この集団で結構走らせてもらったと思うが、横を通り過ぎる小集団を見るにつけ、時折乗り換えたいという気持ちにもさせられるわけで、特に上り勾配でゆったりペースになった際、出力的に余裕がある自分としては、もうちょっと速い集団でも行けるのではないかと勘違いしてしまうことが何度か。つまりは、調子こいて速めの集団に飛び付いて、千切れて、また元の集団に戻る、ということが3回はあった><。情けない。きっと後ろから、”馬鹿だねぇ”って思われてるだろうなと、恥ずかしい気持ちでまたご一緒させてください状態。

そんな感じで2時間半過ぎた頃だったか、西ストレートで先頭を引いている際、コース上に速い人達、中間の人達(私達)、遅い人達が重なって前を引いていながら向かい風のエアポケットに入ったような状態になった。スーーっと前に出て行ったらどんどん進んでいって、結構速い集団に入ってしまった。そのまま進んでいき、後ろが付いて来ているかどうか何度か確認したけれど、来ていても来ていなくても、この流れを逃す訳にはいかないと思って食らいついて行った。元いたグループが付いて来ていないことが分かったのはずっと後だが、あとで確認したらここが自分にとって大きなポイントになったようだ。

その後、その7〜8名で進む小集団から、ヘアピン後の下りで千切れかけたり、テグナーで中切れにあって離れたりたりしながらもなんとか復帰して、これが最終列車だと自分に言い聞かせてへばり付いた。

3時間経過して、何周できそうか気になってきた。それまで見ていなかったラップを見ると予想より1周は少ない。ん?そんなに遅い?そんなはずないけどな・・・、なんて思いつつ踏みやめず頑張り続ける。んん、でも会場アナウンスから聞こえる残り時間と、自分のEDGE540に表示されるラップから、徐々に現実を思い知らされモチベーションが落ちそうになる。それでも踏みやめないのは、まだ脚に元気があったのと、頭の中に最近覚えた歌の歌詞が、まるで青春時代を生きる若者の如くリフレインしていたからかも(笑。

1周ごとに残り時間との闘いが始まった。しんどいけどまだ頭の中には余裕がある。しかし!うっかり入れてしまった青ジャージの野郎が中切れして、あと20分を切った頃に集団から離れてしまった。やばいぞ!しかし迂闊に入れた自分が悪かった。きっとあの青ジャージはこの集団にいた選手ではない。抜かれて来てなんとなく集団のラインに入っただけなのだ。やられた。ギリギリの状態で付いていただけに、もう自分の脚で追うことができなかった。当たり前だが、昼になるに従い風は強くなるもんだ。あと1周半、絶対一人になってはいけない時間帯に単独走を強いられた。万事休すと思った。何が万事休すなのか、特に何かが分かっていて、それと闘っていた訳ではないが、必死でへばり付いていた集団から千切れたことで、実は凄く弱い元の自分がコース上に放り出されたと思って悲しかった。

最後の1周半、それまでの自分とは別人のように苦しくなった。出力も心拍も上がらなくなって、向かい風の中でふらつき始めた。本当ならラスト周回でもがき倒したいところだったが、視界も狭い中、まっすぐ走ることに専念するのが精一杯だった。第1コーナーの横風から脱出し、無意識に下ハンに持ち変えるも、だからどうしたいの?、それじゃどうしようもないぜ、って感じでホームストレートをよろよろ流すのみ。目の前にゴールゲートが見えて初めて下ハンダンシングを開始。ただダンシングしているのみで速度上がらず><。笑ってしまうほど急激な落ち込み方にショックを受けた。ツルふくで100キロだったZ2トレ効果は、今日130キロくらいまでは伸びていたということは分かった(笑。Z2トレも始まったばかりだねぇ・・・。

息を整えながら、ツルふくの二の舞だけは避けようと、焦らずEDGE540のデータ保存操作を進める。よし、大丈夫だ。そして計測タグ回収の列に並ぶ。自分はラテックスチューブで留めているので外すのは簡単。フォークに傷も付かないのでこれはオススメ。

シケインに上がってシュタイナー学校自転車部のタープに戻りお疲れ様!チーム最終走者、ソロのお父さん、H田さんとK社社長も帰ってきてお疲れ様!脚ガクガクで地面に座り込む。談笑してたら何やら聞き捨てならぬ名称が・・・、ん?タイショーイケクラブって言った今?んん・・・?ウメダヨシチカセンシュって聞こえたけど、どういうこと?頭の中が???だらけになって、預け荷物の中から慌てるそぶりも見せずiPhoneを取り出し、あくまで無言で、密かに、ラップクリップを見てみる。んん?マジでっ?アナウンスを片耳で聞いてから初めて声が出た。“あっ、僕一位みたいです・・・”。24周かと思っていたけど25周だった。2周目に入るところでEDGE540のラップ計測開始だから、実際より1周回少ない表示を見ていたのだ。周回コースの場合自動ラップ設定を「開始地点と位置』にしておかないとダメだな。私の声に皆さん驚き、ラップクリップを覗き込む。うわっ!運営会議で報告だわこれっ!とH田さん。お父さん方、K社社長からも祝福していただき、京田辺での飲み会を約束して、浮かれ気分で表彰台のところへ降りていく。

 

 

◾️時間経過と疲労度の関係

EDGE540の第2画面に、経過時間とスタミナ推定時間を出して比較しながら走ろうと思ったが、後半に入ってスタミナの残りがなくなった時からもう見なくなった。見たら頭から“もう駄目だ”と言う指令が出てしまう。

上のグラフ、出だしの高強度で一時的にスタミナが底を付いているのが面白い。その後、上述した通り集団走行がうまく行って、消費と回復を繰り返しながら2時間半までなんとか持ち堪えている。少々強気を言うと、2時間半まではかなり楽だった。上り箇所での一時的疲労は毎周回あっても、ペーシングの上手な集団にいれば回復もしっかりできた。また、ホームストレート山脈(シケイン峠は除く)は鈴鹿経験史上最も楽だったし、シケイン後の西ストレートでの回復も速かった。スプーンの上り返しは前が詰まって困った程だったし、下り区間で慌てることもなかった。。3時間15分経過で、あと何周できるか考え始めた頃、脳から脚に余計な信号を走らせてしまったようで、それまで感じなかった痛みを脚に感じるようになった。精神力ってこういう時に影響するんだなと、つくづく感じた次第。気持ちの土台ができていないと強い走りができないということ。

心配していた上体ははどうだったか?驚くほど腰と背中は大丈夫だったし、首も後半に怠いなと感じたけれど、3年前26周した時に感じた程には痛いという感覚ではなかった。肩と腕の痛みは不思議と感じなかったので、奇跡的に右ポケットが使えた。しかし、24周目のヘアピンを抜けた後、瞼が上がらなくなって前がよく見えなくなった時はかなり恐ろしかった。コースの先が見えないのは勿論、前を走る選手との距離も一瞬計れなくなってしまった。恐怖の十数秒だった。速度が出るところだからマジで怖かった。激突するのは嫌なので、片手ハンドルでサングラスをずらして目をこする。左目、右目。テグナーに進入する前になんとか視界が戻った。

脚:これはZ2トレーニングの成果が少し出始めたということだと認識しているが、実際はどうなんだろうか・・・。まだまだこれからだろうけど、少しは役立ったはず。

上体:これは夏から動的ストレッチを採り入れて来たことが最大の要因。首を支える背中の強さが出て来たと感じた。もっとやらないと。

目:毎年6月に受ける人間ドックで、右目の視力が急激に落ちたことにショックを受けていた。実際にメガネのレンズが全然合わなくなったし、夜間の車の運転も怪しいものだ。多分白内障手術適応なのだと思う。鈴鹿終わったし、時間を作って病院行こう。

 

 

◾️カテゴリー内での位置

全く意識していなかったと言えば嘘になるが、優勝はO田さんに決まっているのは確か。唯一意識させられたのは、一番長く居た集団の中にいた6000番台の一人。バイクはMADONE SLR GEN8で、恐らく3位のY田選手。ラップクリップで3位と2位が何回も入れ替わっているのでまさにそうだった。だからと言って、順位を気にして走っていた訳でもなく、王者O田さんはとにかく最強で、絶対自分らが追い付けない所を走ってるだろうし、年代別表彰が一位のみである以上、順位を考えても仕方ないと思っていた。

前述の通り、何回かの失敗の後、その集団からもう少し速い集団へ乗り換えた時に、Y田さんが付いて来れなかった、あるいは後ろに下がっていて見えなかった、と言うことだろう。自分はY田さんから逃げようとした訳ではないけれど、結果を見るとそう言うことになっている。で、最後の2周、中切れで最終列車から落ちこぼれた後、なんと王者O田さんを抜き去っていた。そもそも意識すらしていなかったが、知らない間にそうなっていた。王者のラップクリップを見ると、最初先頭集団に付いて行ったのだろう、8分台、7分台を連発。その後9分台で安定するも、2時間半から10分台を連発し、3時間半からは11分台で最後まで。そのお陰でボロボロになった自分が抜いていた訳だが、力で勝ったとは思えない。前半かなり先行した王者が油断して流したか?あるいはアクシデントがあったのか?それは分からない。

 

 

◾️GARMIN DATE

4h04m59s 144.37km 35.5km/h 1,552m↑

NP198w Ave191w(166wStrava) Max713w TSS356

Ave155bpm Max173bpm

Ave85rpm Max126rpm

2,789cal

16°c〜24°c

 

4時間でNP198wはなかなか良い数字だと思うが、裏を返せば、デブなのでそれくらいの引き上げ強度を要したとも言える><。

 

 

◾️レース中の危険

多発した落車

これは本当に恐怖だった。遠目に激しい落車が見えたり、複数人が倒れているのを見る度恐れ慄いていたが、自分も危機一髪の瞬間があった。中盤最も長く居た好集団に襲い掛かったダメ親父。ヘアピンからテグナーの間の速度が上がるところだったと記憶する。左手からふらふらと黒い影が集団の中程に倒れ掛かるように入ってきたと思う。ガッシャーン!ガッシャーン!と2台3台と倒れていく。何処で落車の波が止まるか後方から注意して観ていて、右に避けたら回避できそうだと思った瞬間、また1人倒れ、この倒れ方から今度は左に避けないと駄目だと咄嗟に判断。最後に巻き込まれ路面に叩き付けられたのが女性で、この人もまたEORO-Wジャージの女性同様がっしりして上手な走り方をする人で注目していたのだが、何とも悲劇だ。その女性の頭をギリギリ左に避けて回避、ほんとに数センチの恐怖だったが、その後どうなったのかとても心配だった。

今回の印象として、コース上に異様に人数が多いとずっと感じていた。また、遅い人が右側を走っていることが多かった。参加者任せのルールだから仕方ない事ではあるが、何故か今回は多く感じた。先頭集団が迫る時のバイクからの指示は厳しいものだったが、スタート前、走行中含めて主催者としての平時の呼び掛けが足りなかったのではないか。

 

危険な輩

いつでもいる迷惑なやつ。今年もいた。自分の周りで目立って迷惑だったのは、ピンク色のEFジャージ、そう私が嫌いな某R社のジャージだ。EFというチームは好きだけどね。赤いシューズ、ピンクのソックス、ピンクジャージに赤いMADONE 9、赤いKASK PROTONEで、ここまで徹底的に赤とピンクで塗り固めたシルエットは目立つを通り越して、頭が◯かれているのでは?と思ってしまう。バランスのとれた走りが信条の現行Gen8と違い、この頃のMADONEは下りがめっぽう速くて、余程の地脚が無いと上りが辛い。なのでエンデューロならではの、"行ったり来たり" を繰り返すことになる。現行Gen8なら上りで弄せず付いていけるから、焦ることなく下りで減速して集団を乱さない走りができる。しかし重たい初代ではそうは行かない。下りの勢いを殺したくないと焦り、ノーブレーキでインをついてくるから危険極まりない。危ないし、目障りだし、本当に迷惑だったけど、そいつがまたずっと同じ集団を上下しながら付いてくるのだ。怒鳴りたかったが我慢した。

 

 

◾️表彰台

表彰式を待っているとM井大将が来てくれて、凄いやんっ!おめでとう!ラップクリップ見てびっくりしたわ!って言いながら握手してくれた。会うのも久し振りだったし、相手が大将なのでちょっとウルウルした(笑。大将も男女混合で5位に入賞。

ソロ年代別がずらりと並ばされて、一人ずつの表彰は無し。あっさりしたもんだ(苦笑。

表彰の前、マリノさんとお話し。J SPOの解説と同じ、低くて変なイントネーションの日本語が心地よかった(笑。いやぁ良い記念になったわ!それにしても黒で誤魔化した俺のカラダ、デカいな><。

H田さんとシュタイナー学校自転車部のN村さんが撮影してくれた。こんなことが起こるなんて自分でも信じられない心持ちで、足元がふわふわした感じだった。

降壇してから渡された表彰状。小さい文字だが、整ったレイアウトにしっとりとした色使い、フォントもしっかりしたものを選んでいてそれなりに重みを感じる。さすがスズカ。




◾️副賞

んん、微妙・・・。”売れ残り商品の詰め合わせ”、そんな感じ。でも使えるものもある。一番がイナーメのリカバリーオイル。これは普通に有難い。BOOSTって書いてあるいくつかの商品は使えそう。よく読んで使えるものから使ってみよう。その下のBio Fiberもサプリとして使えるし、あとは右上の洗濯ネットかな。残りは、昔のようにGOUREN大忘年会でまとめて10円で売ってしまいたいぜ(笑!



 

◾️補給

前日からの振り返りをすると、寝る前にミトロングV3錠、前述の朝食以外に、移動中からスタート位置へ行く直前までの間に、500mlのペットボトルにグランフォンドウォーター40gを入れたものをちびちび。駐車場でかしわ餅2個とミトロングV6錠。スタート45分前にグランフォンドジェル1本。走行中のボトルは、前半用のロングボトルにグランフォンドウォーター40gとW-AIDスティック1包。後半用ノーマルボトルにはW-AIDスティック1包にアミノバイタルスティック1包。この組み合わせは効いたようだ。ボトル以外の補給は、スタート後1時間経過でグランフォンドジェル1本、1時間45分でグランフォンドジェルもう1本。2時間半でスピードジェル1本、3時間15分でスピードジェルもう1本。左の腰ポケットにグランフォンド、右の腰ポケットにスピードを入れたが、上でも書いた通り、今日奇跡的に右腕が使えたことで、GとSを間違えてもたもたして落車、なんて事を起こさずに済んだ。

感想としては、お腹いっぱいだったのでこれは反省事案。もう少し胃腸の負担を減らし、脚に血液がしっかり回るようにするべきだった><。ゴール後も全然お腹空いてなかったし。

 

 

◾️機材

俺の相棒ふたり

JIMNY JB64 2022

1インチアップしてさらに良い車になったぜ。遠出が楽しい車で、高速走行がほんと気持ち良い。でも今月車検なんだよなぁ。お金がぁ・・・。

 

TREK EMONDA SLR 2022

頑丈大王は9100シリーズの11速で、フロント50-34T×リア11-30T。

ホイールはAEOLUS RSL 51で、これは本当によく走る。直線もコーナーも安心感が高い。集団で高速域に入るとブレーキ掛けまくりだった。2020年のモデルチェンンジで速いフレームになったEMONDA SLRとの組み合わせはとても気持ち良い。

PIRELLI P-ZERO RACE 28mm+VITTORIAラテックスの組み合わせは、コーナーでのグリップ、失速しない速さ、路面振動の吸収が素晴らしく、自分史上最高。もうブチルには戻れない。空気圧は、5時半にポンピングで終了が12時なので、ラテックスの減りを考慮して少し高め、F:5.6bar、R:5.8barにセッティング。とっても気持ちよく走れた。

昨今の価格高騰から、コンポの12速化はもう無理だと思っている。しかしSHIMANOはきっと来年辺り、9100シリーズのパーツ供給をストップするだろう。そういった姿勢は昔っから。そして度々の値上げ幅が酷いので、9100がお釈迦になったら自転車活動自体やめてしまうかもしれない。

 

 

◾️モチベーションとは?

恥ずかしながら白状する。1週間前にAPPLE MUSIC で偶然知った、”よんぴー”なる女性の歌。アルバムやシングルを片っ端からダウンロードして毎日聴いている。歌詞がとても良いのだ。スズカへの道のりでも当然かけっ放しで、特に下に挙げる「一日一生」と言う曲が泣けるのだ。このサビは頭に焼き付いていて、最後24周目で前が見え難くなった辺りから、ずっと頭の中でリフレインしていたのだ。思い出しただけで目頭熱くなるわ(笑;。

 

 今日一日だけを〜 たった一日だけを

 一生分と考えてぇ 人生賭けれるなら

 それを僕たちはぁ 一生懸命と呼ぼう

 

 「一日一生」byのんぴー

 

恥ずかしいけど、レース直前にとても良い詞と曲に会えたと思う。

 

 

◾️打ち上げ&祝勝会

撤収後、四日市へ移動。K見大隊長がホテルに迎えに来てくださり、その後コナさん、石川、三重の自転車仲間達と合流。大隊長行きつけの串割烹「しょうご」で、うまい酒、うまい食事の連発。少々値が張るお店だが、それに見合う素材と料理の仕方と出し方の美しさ。皆さんにおめでとうと言ってもらって乾杯するビールは最高だった。また行きたいなぁこのお店。

 

 

◾️帰り道

「やぶっちゃの湯」を諦めたのは一番上に書いた通り。どうやって帰るかGoogleマップに聞いて、名阪国道を選択。酷道だけど、スズカからの帰り道に3500円も払って新名神を選ぶわけにはいかない。昔からスズカから帰るのは名阪国道と決まっている。その方が余韻が残るのだ。もう一つ理由があって、いつもこのルート通る度に気になっていた、みなみやましろ村の道の駅に寄りたかったのだ。カラフルな学校のある丘とヒロイックでカッコいい月ケ瀬口駅の丘に挟まれた、なんとも美しい場所。9時到着だったけど駐車場にはびっしり車が。中に入っても人が多くてじっくりお土産物を探せないほど。だいたい当たりをつけて、奥のレストランを覗いてみると、朝用のメニューがあって内容が豊富。朝粥、茶そばなど、おいしそな写真がたくさん並ぶ。ホテルで朝食軽く食べていたけど、運転中お腹が減ってきたので昼飯抜きのつもりで、「村うどん」と炊き込みご飯のセットをいただく。しいたけが美味しかった。ご飯は茶殻が入ってる感じの不思議な食感。やはりやはり、昨日のカロリー消費は大きかったのだろう、6時半と9時にぺろっと朝食の合わせ技だった。お土産は栗きんとん。こういうのうちの家族好きなのだ。

 

 

◾️帰宅

道の駅からのんびり走って11時前に帰宅。洗濯、バイク片付け、ボトル洗い、その他諸々。午前中に全部片付いて良かった。

明日休みなのは本当に助かる。心も体も休めよう。

 

 

◾️最後に

自分でデザインして作ったジャージで表彰台に乗ったことが、何よりこの日最高の喜びだった。K久保さんや練習太郎さんが表彰台に乗せてくれた度にとても嬉しかったが、それは製作者としての喜びだったんだなぁと今日実感。自分がこのジャージで表彰台に登れる日が来るとは思っていなかったので・・・、最後の2周で1位に・・・、まさに「一日一生」だった。

 

この「一日一生」の実現に力を貸してくださった、京田辺シュタイナー学校自転車部の皆さんには感謝感謝であります。また、自転車部の皆さんとの繋がりを作ってくださり、浮かれた私が車のキーを忘れたのを、何度も連絡してくれ、表彰台のそばまで待ってきてくれた、かつての盟友林田さんには感謝しても仕切れません。そして、ゆで卵を大切に包んで持たせてくれた家人に対して、心からの感謝を申し上げます。