6時54分起床。だいぶ歩いたので足腰には出張疲れありながらも、向こうでの飲みは控え目で、昨晩帰宅後もビールにハイボールそれぞれノーマル缶1本ずつで、胃腸は問題なし。遅い帰りで就寝も午前様になってしまったが、”短いが深い睡眠”の判定でスコアもまずまず。寝起きはすっきりとしたもので、RHRもHRVも崩壊傾向は見られなかった。これなら出直しが効くなと安心したが、おっとっと〜、フィットネス年齢がしれっと0.5歳歳をとっているではないか。これは早々に戻さないと。

今日休みなのは助かった。日曜の選挙、月火の出張で心身ともに疲れている。とりわけ気分の落ち込みが酷い。自分でなんとかできる、自分の始末を自分でする、ではない事柄に対して、立ち直れる要素が見つけられそうにないのが辛い。徐々に首が締まっていくと考えると憂鬱。目の前にあることから!と思おうとしても、”その目の前のこと”すら価値が有るのか無いのか分からない世の中がやってきた。まさか自分が生きているうちにそうなるとは思っていなかった。
僕らは戦前を知らない。戦後だって実はよく知らない。だから巧妙でも何でもないプロガンダにまんまと引っかかってしまう。若者はおっさん以上に何も知らないし、知ろうともしない。だからすぐに騙せる。私が生まれた昭和39年は戦後と言えるのか?経済成長に向かってまっしぐらだった時代だから、実際にはまだまだ苦しんでいただろうに、臭いところには蓋をして、ひたすら突っ走っていた時代だろう。色々なものが作り出されて、訳の分からない食べ物もたくさんあったろうし、空気がどんなに汚れても見えない振りをしただろうし、重い病気になっても助けは来なかっただろう。
2000年代に入り、ここかしこに高度経済成長の歪みが見えてきても、全部蓋をして利権構造を守ってきただろう。1960年代ヨーロッパで始まった脱成長という戦略は、ブレーキの無い車で走り続ける日本にはとうとう輸入されず、遠い国々から微かに聞こえるカナリアの声は掻き消された。脱成長という言葉が辛うじて日本で語られるのは、芸術や文学や思想、哲学の世界。「あんぱん」や「べらぼう」には、これまでの連ドラや大河にはなかった直接的なメッセージがそこかしこに散りばめられた。それでも国民は気付かないし、放送局全体からすればガス抜き程度の扱いで許されたんだろう。
私だって、与えられた枠の中で、脱成長を先取りする建築の作り方、そのプランニングを活かした商売の仕方をクライアントに説得し、勉強会を開き、学び、できることから世の中に発信していこうと試みてきた。しかし、私たちに脱成長の世界観を教えてくれた本家本物達は、いざ日本に入ってくる時にあっさりとその思想を捨てた。日本人には通用しない、理解してもらえない価値観。日本で商売したいならそれは捨てる。当たり前だが、がっかりすることが続いた。
見て見ぬ振りをする海外の投資家らは教えてくれないし、自らヨーロッパに学ぼうともしなかった日本は、とうとう自ら歩度を緩めるチャンスを掴めずここまで来てしまった。目の前に経済の糞詰まりが見えているのに、利権構造から離れることができず、ただひたすらに燃え滓に油を注ぎ続けることしかできない連中は、ついに戦争に手を出そうとしている。そうまでしても金が欲しいか?ここまで嘘八百が罷り通り、選挙が選挙で無くされても事件にもならず、後出しジャンケンで何でも正義になってしまう(してしまう)国。その構造が社会全体に意図的に構築されてしまったら、その網の中で生活を送り、小さな幸せに胸ときめかせて生きてきた国民には、もうどうすることもできない。暗い世界で分かれ道に来た時、舗装されていない細くて頼りない道を選んで進んでいく勇気は日本人は持ち合わせていない。社会構造から外れたところで生きていくことなんてできないように、長い時間をかけて飼い慣らされてきたから。
弾薬支処を狙って外れたミサイルは、きっと我が家の方まで飛んでくる。
さて、今日は、昨日作っておいたZ2トレ165Wバージョンやり始め。いきなり120分バージョンで大丈夫か?とは考えないのが、0か100かの私なのだ。たったの5w、されど5w、とてもしんどかった。最大心拍数は143bpmまで上り、FatMaxの観点からも数%上振れした。心拍数は人そぞれぞれだから良いとしても、FatMax範囲には何とか収めるところまで持っていきたい。昨日18000歩も歩いたのが良くなかったが、それにしても5Wの差は脚にきた。でも一度上げたものはもう下げないぞ。0か100かの私なのだ!。

